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7/2放送

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思い通りにならないこと。思い通りになっていること。

湿度の高い、じめじめした天気が続いています。
こんな時期は、髪型は決まらないし、洗濯物は干せないし、傘は持たなきゃならないし、お気に入りの靴を履くこともかないません。雨が強ければ電車が遅れることもあるでしょう。本当に煩わしいことが多くていやになっちゃいますね。

このような自分の力ではどうにもならないことを仏教では「苦」と言いますが、それが私たちの周りに溢れていることは何となく皆さんも感じているところだと思います。でも、一方では、乾燥機があって、傘があって、たくさんの服や靴があって、電車という便利な乗り物があることも事実です。思い通りにならないことと、思い通りになっていることは、実は同じかそれ以上存在しているのだと私は考えています。これはポジティブな考え方といったものではなく、見方を変えたこの世界の真実です。
簡単なことではないかもしれませんが、物事を別の角度から眺めてみる、じめじめしたこんな日だからこそ、心の隅に留めておいてはいかがでしょうか。

7/16放送

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海の日に思う

今日7月16日は海の日です。海の日には海の恩恵に感謝するという趣旨があるそうで、世界中を探してもこの日を祝日にしている国は日本だけとのことです。祝日にまでしてしまうところが、自然に感謝し、自然との共生を第一に考えて暮らしてきた私たち日本人らしい発想ですね。

仏教は2500年前にインドで生まれて、沢山の地域を渡る中でその地域特有の思想と上手に結びつき、日本にやってきました。そしてまたこの日本で独自の発展を遂げます。他者を従わせたり、排斥したりすることなく、他の文化と共に歩んで来たのです。そして、このことこそが仏教という宗教の最大の特徴なのだと私は考えています。
どうでしょう、この仏教の発想は、日本人が昔から培ってきた、自然や他の人々と共生していくという発想の原点に似てはいないでしょうか。
今、私たちは、自然との付き合い方。人と人との付き合い方において改めて考えを深める時期にきているような気がします。海の日の今日、そんなことを振り返ってみるのも良いかもしれませんね。

7/23放送

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保育園をつくる縁

先日、子供を預けている保育園で「いつもありがとうございます」と挨拶したところ、先生から「私たちも子供達にはいつも癒されているんですよ」と嬉しいお返事をいただきました。

保育園は「保育園」という一つの実体が存在するわけではありません。
元気に遊ぶ子供たちや、お世話をしてくれる職員の方々や、子供を預けて安心して仕事に向かう私たちのような保護者や、雨風から守ってくれる建物や、土の香のする園庭や、庭に咲き誇るきれいな花々や、木にとまる鳥のさえずりや、そういったものが全て関係し合って「保育園」となります。
それは職場や学校や家庭も同じ。
私たちの世界は人と人とはもちろん、動物や植物、そして命をもたないもの全ての存在が関係し合って、つまり縁を結んで成り立っています。そんな「ご縁」を意識することができたら、私たちの世界はまた少し違ったものになるかもしれませんね。

7/30放送

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犀の角のように

オリンピックが開幕しました。
私が個人的に楽しみにしている種目が、マラソンです。なぜかというと、ただ独り修行を重ねるお釈迦様と、自らの体にむち打ってゴールに向かう選手の姿が重なるからです。

お釈迦様の教えに「諸々の苦難に耐えて、恐れることなく犀の角のようにただ独り歩め」というものがあります。「独り」ということを一本しかない犀の角に例えた言葉ですが、これは何事にも頼るなという意味ではありません。あたかもマラソン選手が多くのスタッフの力を借りて、実際には独りでレースを走るように、私たちもたくさんの力に助けてもらいながら最後には自分自身で決断をし、前に進んでいきなさいということです。
私たちの運命を決めるのは結局、私たち自身に他なりません。多くの選択肢に溢れ、迷いの多い現代社会ではありますが、信念をもって自らの道を「犀の角」のように歩んでいってはみませんか。

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