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10/1放送

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善行は受け止める事もまた善行

先日、生後5ヶ月の我が子を抱っこしながら電車で立っていると、大学生ぐらいの若い方が「どうぞ座ってください」と声をかけてくれました。なのに私は譲られる事に慣れていない事もあって、「ありがとうございます。でも大丈夫です」と断ってしまいました。
話は変わって、数年前のことです。ある駅で初老の女性が乗ってこられたのでその時座っていた私はとっさに席を譲りました。お元気そうに見えましたし、次の駅が終点だったので、断られるかなと思ったのですが、そのご婦人は「ありがとう」と言って笑顔で座ってくださいました。
善い行い、善行を積むことによって私たちは仏さまに近づきますが、誰かを対象とする善行は受け取ってもらって初めて成就します。だから善行を受け取る事も、また善行なのだと、私はそのように考えています。
 確かに人の親切は時として必ずしも必要のない事もあるかもしれません。でも、そんな時、にっこり笑ってその善行を受け取ることができたならば、きっとそこには穏やかな空気がふんわりと、流れるのではないでしょうか。

10/8放送

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「らしく」あっても、「らしく」なくても

ここ数年、草食系男子や肉食系女子といって、どちらかというと受け身で物事を進める男性や、何事にも精力的に活動する女性の姿が良く見られるようになりました。男らしさ、女らしさという言葉の持つ価値観が時代の流れと共に変化してきているのかもしれませんね。
私は元々、この「らしさ」という言葉がその人のもつ可能性を押さえこんでしまうような気がして苦手でした。男らしさや女らしさ、大人らしさに子供らしさ、または、父親らしさ、母親らしさ。無数に存在するこの「らしさ」は社会生活を送るにあたっては確かに必要なものですが、それにがんじがらめになってしまうのは避けたいところです。
じゃあ、「自分らしく」あれば良いかというと、「自分らしくない」なんて悩んでしまう事もあるので、これもそこまでこだわらなくても良いのかもしれません。
私たち人間は元々流動的でふわふわした存在です。だから、らしくあろうとなかろうと私は私ですし、あなたはあなたです。どうぞ自信をもって、今のそのままで今日一日をお過ごしください。

10/15放送

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ダイエット

秋らしく涼しい日が続く今日この頃です。食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋と様々な秋がありますが皆さんはどんな秋を過ごしていますか。私は夏の間、忙しさにかまけて少々不摂生な生活が続いていたので、今年の秋はダイエットの秋と位置づけました。
このダイエットという言葉はもともとギリシャ語で「生活様式」という意味を持つのだそうです。ダイエットにいそしむということは、単に肉体のシェイプアップにとどまらず、生活全体を見直し改善していくということなのですね。
お釈迦様は「正命」という言葉で、「生活のリズムを見直す」ことが「心と体の安らぎを得ることに繋がる」と説いています。現在、巷では実に多くのダイエット法が紹介されていますが、どの方法をとるにしても、基本は同じ、しっかりと今の自分を見極め、ちょうど良い食事と運動と睡眠を心がけ、自らの身を整えることでしょう。
真剣にダイエットに取り組んで一ヶ月、最近は穏やかに過ごせる日が増えてきた気がします。どうでしょう、こんな気持ちの良い秋の日ですから、皆さんも本来の意味でのダイエットを始めてみませんか。

10/22放送

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合掌は仏さまと一緒、というしるし

今私が行っているように、左右の掌を合わせるこのポーズを合掌といいます。右手は仏さまの手、左手は私たちの手なので、合掌は仏さまと私たちが一緒だよということを象徴しています。
この「仏さまと一緒」には二通りの意味があると私は考えています。一つは仏さまと私たちが「出会う」ということ。なので、私はご法事の際、特に小さなお子さんがいると「右手は旅だったおじいちゃんの手、左手は君たちの手」、だから合掌をすればいつでもおじいちゃんに会えるんだよと伝えています。
もう一つは、私たちが仏さまに「成る」、成仏しているポーズだということです。どうでしょう、例えば皆さんは仕事を友人に代わってもらったときに「助かったよ、ありがとう」といって手を合わせた事はありませんか。待ち合わせに遅れた時に「ごめん!」といって合掌をしたことはありませんか。感謝の気持ちを胸にしているとき、また申し訳ないことをしてしまったなと反省をしているとき、私達は既に仏さまになっています。
合掌は仏さまと私たちが一緒だというしるしです。今日一日があなたにとって多くの合掌を結べる日となりますように。

10/29放送

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南無「あなた」

先日、カレーを食べたくていてもたってもいられなくなり、近所のインド料理屋さんにお邪魔したのですが、お店に入ると同時にインド人の店員さんからナマステと声をかけられました。「ナマステ」とはインドの挨拶言葉で「あなたを尊敬しています」という意味です。
この「ナマステ」は中国を経て日本に伝わり、皆さんがよくご存じの「南無」という言葉に落ち着きました。もちろん「敬う」とか「帰依する」という意味はそのままなので「南無大師遍照金剛」は「弘法大師空海上人を敬います」ですし、「南無阿弥陀仏」なら「阿弥陀様に帰依します」となります。
私はこの南無を思いきって意訳して「あなたが好きです」と解釈しています。すると、どうでしょう、亡き人を弔ったり、仏さまを拝んだりというイメージのある南無という言葉がかわいらしく感じてきませんか。南無の後には何が続いてもかまいません。南無お父さん、南無お母さん、南無我が子、南無お友達、南無恋人、南無ペットのポチ。
そうですね、今の私の気持ちは「南無、この番組を観てくれている皆さん」です。

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